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会計監査と統計分析の変更点

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!!会計監査と統計分析手法の親和性

!会計監査と分析

監査手続は大きく分けると、財務数値が生成される過程を評価する手続と生成された財務数値自体を評価の対象とする手続とに分けられる。

前者は内部統制の評価と呼ばれるもので、財務諸表作成という活動を一つのプロジェクトと捉え、財務諸表作成の根拠となる事実がデータとなって加工され最終的に決算書になるまでの一連のプロセスが、会社の会計方針に従って誤りなく処理されるようになっているかを確かめる手続だ。

後者は、数字を全体感を持って眺め把握・理解する「概括的分析手続」と、数字を企業内外の他の信頼できるデータと照らし合わせて矛盾がないことを確かめる「分析的実証手続」とがある。さらには、取引レベルにまで降りていき個々の取引が企業活動の実態(契約や生産など)と整合していることを確認する詳細テストがある。

!統計と分析

統計には、記述統計と推測統計との異なった観点がある。

記述統計とは、実験や調査等によって得られたデータを対象としてそのデータから得られる事実を知見として活用する方法である。

大規模な記述統計の例としては、日本で5年に一度のサイクルで居住者全体を対象として行われる国勢調査が挙げられるだろう。所得水準や通勤時間など調査対象となった事実はデータとして処理され、日本国民の全体像があぶりだされるのである。

一方、推測統計とは統計の対象となる母集団について全体を対象として議論したいものの、母集団全体を把握することが何らかの理由(例えば、コストや時間が膨大にかかるなど)で不可能な場合に、母集団を代表するようなサンプルを採ってサンプルから得られる知見を母集団全体の知見として推定活用しようとする考え方である。

推測統計の典型には、薬の臨床試験が挙げられるだろう。ある薬が効果があるかどうか、あるいは重大な副作用が出るかどうかは、究極はすべての人間に対して試してみなければ知りえないことだ。しかし製薬会社とてビジネスで薬を開発している以上、全人類を実験してみることなどナンセンスであるため、病気の人とそうでない人の集団を作って、それぞれに色々な属性の治験協力者を含めることで、薬の効果の出る集団と副作用の出る集団を定義している。

実際の社会においては、いわゆる全数調査をすることが不可能な場合が多いために、推測統計の手法は幅広く使われている。
!!監査と統計

!推測統計
推測統計に類似する考え方は、従来、監査で多用されていた。

取引が膨大にある監査対象について全取引を詳細に調べることは不可能ではないが、それに要する社会的コストとそのメリットとを鑑みれば全取引調査は意義に乏しい。そこで、被監査会社が財務や業績を管理するために必要な体制(すなわち内部統制)を効果的に整備運用していることを前提として、一部を抜き取って妥当性を評価するという「試査」という考え方が導入された。

この試査という手法に対して統計的な考え方を採用したのがサンプリングである。試査がサンプルの抜き取りによる方法なのでサンプリングと混同されて議論されることがあるが、両者は前提とする理論が異なっている。

抜き取り検査は、任意の抜き取りサンプルを対象に検査するので、抜き取りの件数や検査の頻度が「検査目的に照らして十分なのか」については、曖昧なところがある。

いわゆるサンプリングという考え方は、取引全体を代表するサンプルを取得し、サンプルを調べて虚偽表示につながるような誤謬がなければ、取引全体も正しく処理されているだろうと推定する方法だ。あくまでもサンプルは母集団を推定するために採られるので、母集団を代表するように(あまねく反映するように)採られなければならないのである。さらには、抜き取りの件数についても確率論を背景として件数に応じた信頼区間の裏づけを得ることができるため、検査目的に対して十分性の説明ができる。

ただし、この手法はサンプルされる標本の抽出にバイアスがかかった場合や、そもそもサンプルされない領域に虚偽表示の原因が潜んでいるような場合には全く役に立たない。また、ある程度の信頼性を確保するためにはサンプルの量を増やしていかねばならず、結果的に短時間かつ少人数での監査を想定した場合にはリソースの限界を呈することになる。
また逆に、サンプルにバイアスがかかっていた場合には、標本の量を増やすことによって、バイアスが強化されることにもつながる。
さらには、サンプリングは前提として母集団内にある程度の同質性があることを想定しているが、実際の取引は金額一つとっても、単独で決算に重要な影響を与えうる取引から、複数かき集めてもまったく影響がないような取引まであるため、推定する方法より直接検証するほうがよい場合もある。

つまり大事なことは、確立統計論として正しいからといって、本当に検査目的に照らして有効な方法なのか、また検査目的を満足しているかどうかはあくまでも判断の領域に属するということだ。ここに「監査人」の存在意義があるといってもよい。
!推測統計の限界

昨今言われる「不正対応手続」において、推測統計的手法はさらに根を深くする。
そもそも推測統計は抽出にバイアスがかからないようにするところに神経を使わねばならない。抽出バイアスが推定母集団のバイアスに繋がってしまうからである。しかし、そもそも監査はリスクアプローチである。リスクがより高い項目にリソースをより投入しより深い手続を実施することで心証を得るという考え方に従えば、監査人の判断をとことんつぎ込んで対象項目を抽出する必要性がある。
監査人の判断を「バイアス」というか、それとも「職業的懐疑心の発揮」というかは、大きな違いがあるが、間違いなく言えることは不正対応手続において推測統計的手法すなわちサンプリングを適用することは判断を「くじ引き」に委ねるようなものであり、懐疑心の発揮とは正反対の手法である。
監査人の判断を「バイアス」というか、それとも「職業的懐疑心の発揮」というかは、大きな違いがあるが、間違いなく言えることは不正対応手続において推測統計的手法すなわちサンプリングを適用することは判断を「くじ引き」に委ねるようなものであり、懐疑心の発揮とは正反対の手法と言わざるを得ないのである。

!記述統計
他方、記述統計のような母集団全体を対象とした方法は、そもそもサンプリングと同じくリソースの限界があることは想像に難くない。が、重要な虚偽表示につながりそうな領域とそうでない領域とを区分して母集団をリスクに応じて分割し、それぞれに適した手続を採用するという考え方を採れば、結果的にはリスクの低い領域においては推測統計的手法が用いられ、リスクの高い領域では記述統計的手法を採るという方法が考えられる。

ところが記述統計の手法を監査に適用するにも大きな問題が一つある。

!記述統計と外れ値
記述統計は、ある集団全体を説明することに主眼が置かれているため、他のデータの性質と異なる様相を呈するデータの扱いに困ることがある。一般には全体の傾向とは離れているので全体の傾向を説明する力がないデータを排除した説明がなされる。いわゆる「外れ値」としての扱いである。

全体的傾向を示すためには外れ値は文字通り外して説明したほうが都合がよい。説明を受ける側としても、外れ値を加味した説明は却って全体像が掴みにくいので、「一部の例外を除き」という条件をつけた説明をしなければ、情報価値は下がるだろう。

特に企業活動は個々には個性があるものの全体としてみれば、集団の反復継続性があって成り立っているものであるがゆえに、分析結果からはあるパターンを呈することが想像できる。
しかし監査の世界からは「外れ値」は何らかのイレギュラーな活動や処理の誤謬・不正の可能性を示唆しているから、安易に外すことはできないのである。

そこで監査人が考え出したのが、異常点に着目して外れ値をそれ単独で監査対象として採り上げる特定項目抽出という手法である。
!監査リスクと統計

以上の考察から言えることは、次のような監査手続としての統計分析手法の組み合わせである。

+監査対象をまず全体観を持って観察する。
+全体観から把握されるそれ単独でリスクがあると想定される特定項目を抽出して詳細に吟味する手続により「外れ値」を排除することによるリスクを軽減する。
+その上で、データをカテゴリして各カテゴリについて記述統計的な手法を用いて集団の性質を分析して知見を得て外部の信頼できるデータとの矛盾点がないことを確かめる手続を実施する。
+そして推測統計的な手法はいわゆるサンプリングの誤謬があるために、集団の性質を推定された結果がリスク量とのバランスでなるべく少なくする。

これらを併用して監査に望むことができれば、監査リスクを統計的手法を用いて軽減することができるということが言える。

//一般に、作業に要するリソース量は、1>2>3であるが、手続の結果として得られる心証の強さも、1>2>3となる。したがって、

投入するリソース量と得られる心証のトレードオフの関係から、

""生産性=心証の強さ÷投入リソース

が最大となるような組み合わせを監査人は選択することになる。



!監査ツールとしての統計分析ツール

監査に統計分析の手法が用いられるのであれば、統計分析をサポートするツールが使えることは想像に難くない。

特に、母集団全体を把握して分析するという方法論は、従来の監査においては会社の管理資料等を用いて把握するという点で活用されてはいたものの、それは会社の資料が表す範囲や質の程度に左右されるという欠点があることは否めなかった。特に、会社の資料は業績管理を目的として作成されているため、そこから「外れ値」を取り出したり、資料の外観に有意な影響を与えている個々のデータを見出すことは、会社の管理の中で把握されていない限り監査人は把握し得ないという限界があった。また監査人が想定するリスクを忠実に反映したデータを取り出すこともできなかった。

しかし統計分析ツールを使うということは、その基礎となるデータを監査人が入手していることが前提になるから、全体を概括することはもちろん、会社の視点ではなく監査人独自の視点での集計・概観ができるし、特定のデータを条件づけて抜き出すことも容易である。

ここに監査において統計分析ツールを用いる意義が現れる。