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事業環境と固有のリスク


リスクとは

 固有のリスク

リスクの定義や捉え方はいろいろあるが、難しく考える前に、先ずは何が決算(業績と開示)に影響するかを考えればよい。この中で、いわゆる財務報告上の虚偽記載を防止発見しようとするのが、財務報告に係る内部統制という仕組である。この仕組が効かないことで結果的に虚偽記載をもたらす可能性を統制リスクと称するが、逆に統制が有効に機能した時に防止できるリスク(つまり、その会社の財務報告に本来的に内在している虚偽表示リスク)のことを、固有のリスクと称している。財務報告の適正性に係る内部統制の評価報告制度は、この固有リスクのコントロール体制を経営者自らが評価することを求める制度である。この固有リスクへの対応を内部統制の整備と称する。

財務報告への影響を考慮することは、あらゆる意思決定における基本的な要素の一つである。よって、全ての事業活動は、何らかの形で外部の利害関係者に説明を要する事項であること、その説明の中には財務的影響の評価が含まれること、この2点を認識して対応しておけば、あらたまってリスクとは何かを考えることは本来は必要ないはずである。

経営者は通常は経理については専門外であることが多いので、自らの意思決定事項からもたらされる財務報告(決算・開示)への影響について、日常の活動において経営者の立場に立って考えてくれる人物を経理担当取締役として任命しなければならない。すなわち統制環境で最も重要な二点のうち、一つは、経営者自らが財務報告の持つ意味を認識することであり、もう一つは、それをきちんと検討する体制を用意することである。

制度が激震を招いているのは、文書化の量でもなく監査制度でもない。本来のアカウンタビリティを満足しているかについて改めて問われた経営者が、自信をもって答えられない(スタッフが答えさせられない)ことを感じ取っているからではないか。

 固有のリスクの把握

リスクの把握は、通常、次の3つレベルからの財務報告への影響として考察する。と記したが、実際は財務報告虚偽表示の因果関係を捉える際には、原因を棚卸してその影響を考えるというよりも、結果としての財務報告に影響する原因はどういうものがあるかを羅列して、それを3つのレベルに分けて整理したものであると考えるほうが、アプローチとしては素直かもしれない。いずれにせよこの段階では、決算や開示に対する専門的知識を最も要するところである。

外部環境(与件)の変化
    • 市況の変化
    • 市場構造の変化
    • 業態の変化
    • 法制(会計制度を含む)の変化
    • 大株主の交替
    • 災害・訴訟など
戦略(選択行動)の変化
    • 事業ドメインの変化
    • 販売方法の変化

但し、通常、戦略の変化は外部与件の捉え方の変化によって生ずるものであるが、ことリスクに関しては、戦略の変化が外部与件認識の変化をもたらすことがある。(例えば、国内会社が輸出を新たに始めると、従来はなかった為替リスクを認識するようになる。)

オペレーションの変化
    • 会社の会計方針の変更
    • 組織再編
    • 大量採用・大量退職
    • ITの更改
    • 業務の外部切り出し(委託)
    • 事務処理や規程変更
    • 担当者の交替

オペレーションの変化は、それ自体の効率改善を目指して行なわれることもあるが、通常は戦略の変化によってもたらされることになる。

リスク分析は、経営活動全般のリスクを捉えるには網羅的に行なう必要があるため、本来は、システム思考[1]を要するが、財務報告の適正性を確保する目的に対するリスクについては、とりあえずFishBone思考[2]で考えればよい。

外部環境要因

事象 財務報告虚偽表示への影響
株価の下落 株式の過小評価
大株主の交替 関連当事者の範囲の誤謬

戦略要因

事象 財務報告虚偽表示への影響
企業買収 投資(のれん)の評価
販売方法の変化 新リベートの発生や過少見積。新たな貸倒リスクによる売掛金の過大評価
事業ドメインの変更 設備投資の非効率化による減損の認識漏れ

オペレーション要因

事象 財務報告虚偽表示への影響
組織再編 連結範囲の妥当性。新たな事務処理の発生や統一
担当者の交替 必要スキルの低下による財務報告全体の品質への影響
ITの更改 システムバグによる財務報告全体のエラー発生、データ改竄不正
大量採用・退職 退職給付計算の誤り。基礎率などの適用誤り。

※ちょっと一言
  • 「虚偽記載リスク=固有のリスク×統制リスク」という話があるよりは、虚偽記載リスク=F(固有のリスク,統制リスク)の方がいいと考えています。掛け算だと、どちらかを0とすると、0になってしまうからです。この固有のリスクの変数を識別していく作業と、その変数(イベント)が起きたときの財務諸表との因果関係にどういう影響があるかを予測するモデルを持たないでいることかもしれません。 - shibayan (2008年04月05日 19時13分11秒)
  • しかし、会計制度の変化がこれだけ激しいと、制度変化に関する固有のリスクは、20年前と比較して比べ物にならないぐらい高くなっていると認識せざるを得ないです。逆説的には、内部統制監査制度が導入されたことにより、会計制度の変更についての頻度やレベルについての議論も活発化していくような気がします。 - shibayan (2008年04月05日 19時30分25秒)
  • 「虚偽記載リスク=固有のリスク×統制リスク」という捉え方は、あくまで外部監査人による残存リスクを捉えるものですね。経営者こそ自分の行動(環境認識、戦略適用、資源配分、日頃の言動など)が会社の決算にどう影響するかを考えるべきで、監査人と経営者とが本質的に意見を一致を見るべき部分は、この固有のリスクです。監査人が一番困るのは経営者にその認識がないときですね。「経理帳簿つけるなんて誰でもできるよ」「うちは素人集団だから会計士がきちんと指導してくれなくては困る」とか。 - なわ (2008年04月06日 11時05分39秒)
  • 実務的には、稟議書に財務報告リスクに関する項目を入れるとか、リスク検討委員会で財務報告にかかるリスクについて明確に議論するとかしていただいて、あとは、監査人と協議することになるのだと思います。 - shibayan (2008年04月10日 20時03分01秒)
  • 実はその財務報告リスクというのが曲者でして、「報告」リスクと「財務」リスクとをきちんと峻別できないケースが多いですよね。 - なわ (2008年04月13日 16時55分51秒)

【本文脚注】

  • [1]Systems ThinkingやSystem Dynamicsに関する文献を参照のこと。
  • [2]ある問題(財務報告の虚偽表示)を引き起こす原因を段階的分類的に捉えながら、一つの体系図にしたもので、全体が魚の骨の形に似ていることからこの名前が付いている。

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