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!!はじめに
!街道の町
東京は田無という街に住み始めて早くも10年。現在はお隣の保谷と合併して西東京市という無機質な名称に変わってしまいましたが、東西に青梅街道が通り江戸時代には田無宿として栄えた町という触れ込みです。
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!でも不便
転居して以来、地図を見ながら近所の道を覚えようとしましたが、道は狭く歪曲しているだけでなく、道路マップには必ず載っている渋滞で悪名高い「北原交差点」に全ての道が連なっているような道路構成になっているので、車を乗り回すには非常に便利の悪い場所であると感じました。
中心部よりやや北には、広大な東京大学農学部の実験農場があり、横切るわけにもいきませんから大きく迂回しなければなりません。北側は西武池袋線が通っているため南北の移動は必ず踏切を通過せねばなりません。谷戸新道から北原を抜けて境新道に入り南にいけば石神井川、玉川上水を経て武蔵境に至りますが、JR中央線が陸上を走っているため、開かずの踏切がたくさんあります。
さらに南にいけば、野川にぶつかり、更にいくと橋の少ない多摩川があって、これも横浜・湘南方面に抜けるには大きな障害になります。
通常、田無から横浜・湘南方面に向かうには、青梅街道から荻窪四面道交差点を環八通りに入るか、武蔵境通りを一旦南下して井の頭通りを抜けて環八に入って、用賀から東名高速に入ったり瀬田から第三京浜に入るルートを通ります。しかし、街道筋や環八通りは週末は特に渋滞がひどく、動きが取れなくなります。
!抜け道を探せ
そのような状況に置かれれば当然に考えるのが「抜け道」。
抜け道を探すには、最近はカーナビという便利なものがありますが、やはり地元の人の土地勘がもっとも頼りになります。そうすると、ひたすら地図を眺めて、「ここは行けそうだ」という道を捜していくのが、最も「地道」な方法です。
!古道に目覚める
そうやって地図を眺めていると、いろいろな発見があり、特に目を引くのが、細くてくねくねと曲がった道であっても、意外と長い距離に渉って繋がっている道があります。これは、宅地造成やバイパス道路が開発される前からある旧道です。
今でこそ東京中心部のベッドタウンと化している田無ですが、昔は畑と雑木林しかなかったような場所らしいですから、旧道は村から村をつなぐ比較的まっすぐな最短距離を通っていることが多く、移動距離として考えると少なくてすみます。
こうして旧道を探していると、結構たくさんの旧道を発見(といっても元から地図に載っているのですけど・・・)すると、知っている裏道が一つ一つ増えていく楽しみを味わえます。
この抜け道研究から始まったのが、古道探索です。