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ネットワークの経済特性

【私的草稿】通信事業会計

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このページの見出し構成


ネットワーク産業の経済特性

直江重彦(2004, p29)は、ネットワーク産業の経済学的特性として次の8つを挙げています。

      1. 規模の経済(範囲の経済)の存在
      2. 外部経済が大きい
      3. ネットワークの外部性の存在
      4. サービス生産と消費の一体性(非蓄積性と非排他性)
      5. 非蓄積性から起こる需要の時間的季節的変動(ピークとオフピーク問題)
      6. ネットワークの物理的制約と需要の地理的偏在(過疎と過密)
      7. 生産に当たっての公共財の占有(公益事業特権)
      8. 需要の必需性からくる価格弾力性の小ささ

次に、それぞれの特性について考えてみましょう。

初稿:04年08月31日

 規模の経済(範囲の経済)の存在

規模の経済(economies of scale)とは、生産規模が大きくなるに連れて生産単位あたりの長期平均費用が逓減していく性質のことを言います。

 外部経済が大きい

外部経済とは、ネットワークから得られる便益がもともとの便益を上回った波及効果を持つことを言います。例えば、鉄道網が敷設されれば、その鉄道が利用できる人にとってはそれだけ便益が向上しますが、それ以外にも周辺の地価が上昇するなど、間接的な影響が出てきます。これが外部経済といわれるものです。反対に外部不経済という概念もあります。典型的な例は製造活動に伴う騒音問題、CO2の排出などです。

 ネットワークの外部性の存在

ネットワークの外部性(Network Externalities)とは、ネットワークの参加者にとっての便益は参加者が多ければ多いほど増加していくという考え方です。選択肢が複数あるような場合で自分が本当に利用したいものがあったとしても、他のより多くの人が使っているものに合わせて自分もその財・サービスを選択するような結果を招きます。先の外部経済との違いは、「外部経済」がネットワークへの参加者以外の人たちにとっての経済的な影響を言っているのに対して、「ネットワークの外部性」とはあくまでもネットワークの参加者にとっての影響を言っている点です。

例1

全く同じサービスを同じ料金で同じ場所で提供している二つの電話会社があったとします。但し、この二つの会社は一方が加入者が1万人いるのに対し、他方は千人しかいません。いま、新たに電話に加入しようとしている人であれば、他の条件が等しければおそらくその人は1万人の加入者のいるほうを選択するでしょう。というのも、同じ品質と料金であれば、よりたくさんの人に電話ができるほうを選択するほうが賢明だからです。この結果、より多くの参加者がいるネットワークのほうがより選好されるため、参加者の差はますます広がっていってしまうという性質です。

例2

VHSとβ方式の話

 サービス生産と消費の一体性(非蓄積性と非排他性)

ネットワーク産業の特性というよりもサービス産業の特性というべきかもしれませんが、一般にサービスは財の生産と異なり「つくりだめ」ができません。需要量に見合った供給がなければ、サービスの享受はできなくなります。

 非蓄積性から起こる需要の時間的季節的変動(ピークとオフピーク問題)

サービスを蓄積できないとすれば、サービス提供者はピーク時の需要にあわせて設備を用意する必要があります。例えば、電力会社は夏の冷房による電力需要のピークに合わせ、鉄道会社は通勤ラッシュに合わせ、電話会社はイベント時や災害時の瞬間的なピークに合わせて設備を用意しておかねばなりません。

 ネットワークの物理的制約と需要の地理的偏在(過疎と過密)

サービス提供には電話線や電線、鉄道線路といった物理的な設備が必要であるだけでなく需要量に見合った設備能力が必要となるため、必然的に需要の多い都市部にサービス設備が集中しひどい場合には需要に見合った設備が用意できないといった自体が発生し、反対に過疎地には需要がないにも拘らず一定量の設備能力が用意されるため稼働率が低くなってしまうという問題があります。

 生産に当たっての公共財の占有(公益事業特権)

また、電話線や電線、鉄道線路などは、必然的に道路などの公共的施設を一定範囲で占有することになります。例えば、電話、電力では、電柱を道路の端に立てざるを得ませんし、電線を通すために道路の下に管路を埋設することになります。

 需要の必需性からくる価格弾力性の小ささ

ネットワークサービスは必需品であることが多く、料金の多寡に拘らず消費者は利用せざるを得ません。すなわち、価格が上がろうが下がろうが需要はさほど変動しないため、右下がりの需要曲線がより急な傾きになり、価格弾力性が小さくなります。これは、政府による料金規制を正当化する論拠とされています。しかし、競争があれば必需品であっても価格が下がることもあることから、必ずしも汎用的な論拠とは言えないでしょう。弾力性はむしろスイッチング・コスト(多種類のサービスから選択する際に、乗り換えするときにかかる有形無形のコスト)の多寡からくることがある可能性があります。例えばA社のサービスからB社のサービスに変更したいときに、既にある設備が使用出来ないため新しい設備を導入しなければならないといった事態も考えられます。

事業構造の派生特性

 変動費に比べて固定費が大きい

変動費、固定費とは、生産高に対して投入される生産要素の投入量の変化の様子を示した概念です。変動費は、生産高が増えれば必然的に増えていく要素にかかるコストを意味し、固定費は、生産高が増えても、「ある範囲」での要素投入量には変化がなくその結果としてコストにも変化がないような項目を指します。生産量が増えた場合の説明をしましたが、減少した場合にも当てはまります。すなわち、生産量が減少すれば変動費は減少しますが、固定費は文字通り固定されたままです。

変動費、固定費とは何を生産高と捉えるかによって概念が変わります。例えば、電力を考えてみましょう。電力は消費量に応じて課金されますが、コストも同様に生産量に応じて石油などの化石燃料を燃やして電力を生産するわけですから、変動費となります。しかし、発電所や送電・配電の設備などは、一定範囲での電力消費量の中では変化しないため、これらに要するコストは固定であると考えられます。

つまり生産量の捉え方には、ミクロな需要とマクロな需要とがあって、これに応じてコストもミクロな需要に対して固定的かどうかという捉え方と、マクロな需要に応じて固定的かどうかという点が大きく違ってきます。一般にネットワーク産業では、ミクロな需要に対する変動費はあまり大きくありませんが、マクロ需要に対する変動費は非常に大きくなります。

これは上記で「ある範囲」と言及した意味に繋がるわけですが、ミクロ的な需要の変化の範囲なのかマクロレベルでの需要の変化なのかということです。

鉄道で考えますと、たまたま何かのイベントがあるから乗客が増えたというのはミクロ的な需要の変化ですが、沿線に大きな団地ができたというような場合は、マクロ的な需要の変化となります。

04年09月14日

 限界費用が小さい

ネットワーク産業は、多額の初期投資による設備の用意が必要で、設備を用意した後に長期間にわたって提供されるサービスのキャッシュフローで投資を回収するモデルです。これは、投資による資金支出が先行し、サービスによる資金回収が後から発生する形になります。一旦、設備を用意すれば、その供給能力を超えない限りはサービス提供量を増やすことができることから、その設備能力の範囲では追加的なサービスの提供に要するコストは非常に小さいものになります。つまりサービス限界費用が小さいということになります。

例えば飛行機を考えてみましょう。飛行機は1回飛ばせば燃料代がそれだけかかりますが、一機に相応するメンテナンスも必要となります。しかし、お客さんが一人余計に乗ったからといって、燃料代が大きく変わることはありませんしメンテナンス項目が増えるということはありません。勿論、機内で使われる消耗備品などの補給はしなくてはなりませんが、微々たるもので、その備品そのものよりもそれらをきちんと供給できるような体制(機内サービスの飲食料品の供給など)を作ることのほうが余程コストがかかります。したがって、飛行機(航空輸送)に関して言えば、限界費用が相対的には低い産業であるといえるでしょう。つまりコストは路線の発着便数に応じて決まるものの、一旦それが決まってしまうと、利用者が増えたところで追加のコストは知れています。

もっとも典型的なのは電話です。電話を一分余計にかけたからといって通話に必要な電力量が大きく変わるわけではありません。多少の長電話をしてもせいぜい電話に使われる電気代が余計にかかるだけですね。

このような状況であれば、事業者としては設備の有効利用を図れば図るほど、費用は増えず収益は増えるという構造にあるわけですから、短期的には設備の利用効率を最大化するような販売行動(無料キャンペーンなどによる囲い込み)をとることになります。

 資金回収までの長いリードタイム

産業全体の系で考えると、研究開発段階から実用化を経て投資拡大がなされ最終のサービス提供によって投下資金が回収されるに至るまでのリードタイムは非常に長くなります。

例えば、鉄道路線(新幹線など)の敷設、発電所(水力発電のダム、原子力発電所)の建設、を例にとれば、容易に想像がつきます。

資金回収期間が長ければ長いほど、事業者は参入に当たっての不確実性(つまり資金が回収できないリスク)が高まるわけですから、なんらかのリスクヘッジ行動を採ることが想像できます。また、官庁側は公益政策という観点から、そういったリスクを軽減させる措置を採ることが国民経済の発展に適うという考え方も論理としてあり得るでしょう。

 規格化された財・サービス

これはネットワーク産業の特性というべきかどうか議論があるところですが、サービスの品質が規制・規格されているケースが多いということがあります。

典型的なのは、電力です。日本全国で、家庭用の電灯線から供給される電力は、100ボルトであり周波数が西日本で60Hz、東日本で50Hzという違いがあるだけです。

航空運輸も同様です。東京と札幌との間には、数社の航空会社が競争していますが、お客さんにとっては値段の違い以外の違いは、機内サービスの違いと本数の違いくらいしか普通は感じることはありません。これが一方の航空会社は料金が非常に安いけれども事故が多く、他方は創業以来無事故だが料金が高いというのがありえるかというと、そういうことはありません。

電話も同様に、通話可能エリアの違いや料金の違いこそあれ、会社によって「電話」の概念が異なるということはありません。

やはり、安全基準、品質基準、技術仕様などは、ユーザが安心して利用するために非常に大切な条件であり、また通常はそういうことに素人であるユーザがいちいちそういうことを調べてサービスを選択するようなことは非現実的ですから、一定品質をルールによって確保することは経済社会が円滑に運営されるためには必須の条件となります。その結果、逆にサービスの供給者からすると、消費者に対してサービスの違いを訴えることが非常に難しくなりますし、消費者にとってもサービス間の区別がつけにくくなるため、その違いがブランドへの信頼やロイヤリティ、そして価格(料金)に集約されてくることになります。このため、ネットワーク産業の財・サービスは、差別化が難しく畢竟価格競争を招き易いという特性を導くことができます。

 ボトルネックの存在(必ずしもそういえないかも)

ネットワーク産業はネットワークを利用するにあたってのボトルネックが経路のどこかに存在する。ボトルネックは物理的な制約。わざわざ二つ用意はしない。

航空運輸

飛行機は必ず空港に発着、格納する必要があります。しかし、ターミナルに泊めておける機体の数は限界がありますし、滑走路も離着陸に要する所定の時間があるため、必然的に発着枠という概念が出てきます。

通信

電柱や管路などは、次々に作るわけにはいきません。また、個人の電話利用者の電柱から居住場所への配線も、サービス提供者が変わるたびに付け替えたりはしませんし、逆にあるサービス提供者がいるときには他のサービス提供者はそれを使えません。

電力

電気の送電線

水道

水道の導水管

Essencial Facility概念は相対的なものであり、技術の進歩や社会の捉え方によっても変わってくるものです。例えば、固定電話にはケーブルを通す管路などは重要な施設となりますが、携帯電話では少なくともアクセスにおいては管路は必要なく、むしろ基地局を設置する場所(ビルの屋上など)を確保するほうがよほど重要です。

ボトルネックを有する事業者は、その部分を独占的に運用しているわけですから、経済学的な見地からすれば、その部分で独占利潤を享受していることになります。事業者にとっては、独占利潤はいままでの努力で築いた既得権の一部ですから、容易に手放したりはしません。従って、政策当局からすれば、独占価格による経済余剰の偏りやサービスの供給の偏りを無くすための政策を採ることになります。後に出てくるユニバーサルサービス義務や政策的な価格決定(プライスキャップ制度)などはその現れです。また、経済政策的見地からボトルネック設備の開放を促したり、ボトルネックをあえてボトルネックにさせない代替設備の参入促進政策を採ることも考えられます。

表にまとめる

以上の議論を、横軸に事業区分、縦軸に経済特性を取り、表にまとめたものです。[表]
電話 航空 鉄道 郵便 放送
固定費
限界費用
ボトルネック


最終更新時間:2007年12月02日 18時20分59秒