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供給特性

【私的草稿】通信事業会計

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このページの見出し構成


 規模の経済と費用逓減

 投資行動と投資パターン

投資行動

大抵の通信事業者は自前か賃借かを問わず設備を用意して、これを利用者に提供して収益を上げています。したがって収益に対して原価が固定的に発生するケースが多いといえます。この固定費は、自前の設備投資を行った場合は、減価償却費として、他社からの設備を賃借した場合には、通信設備使用料として、それぞれコストが発生します。一部、通信事業者からサービスを仕入れてこれを利用者に再販売する事業者もありますが、この場合は、収益と原価がパラレルに変動するケースないしは大枠としてそういう兆候を見せながらも通信ボリュームによって原価率が変化するケースなどがあります。ここでは前者の固定的な原価発生の形態の場合を想定して議論します。

設備を自前で調達するか賃借するかは、まさに企業の投資リスクに対する考え方を反映します。自前で調達した場合には、設備に余裕がある限り価格設定は自由にできますし、これを賃貸したり転売しても収益を上げることもできます。しかし、投資を決定した際に予想したほど需要が伸びなければ、投資が回収できないリスクを負うことになります。そういった場合には賃貸価格も下がりますし、転売しても当初の投資が回収できるという保証はありません。まさに不動産投資と同じリスクが通信設備の投資についても当てはまるといえます。一方で、賃借による場合には、需要に応じて設備を調達すればよいので、過剰な投資を避けることができますが、需要に対応して設備が調達できるという保証もなければ、その際に経済性に見合った価格で調達できるかどうか分かりません。

どちらが意思決定として正しいかということは一概には言えません。それは通信事業者がどのように市場にサービスを提供していくかという戦略的な決定事項であり、全て市場動向に照らし合わせて結果としてしか評価はできません。極端な例を挙げれば、全員が賃借を選択すれば、誰も自前で設備投資を行わないわけですから、そもそも市場に設備が存在しないことになります。逆に全員が自前調達を選択すれば、市場に設備があふれ一気に価格下落を招くことになります。市場参入者の間で、自前がよい、いや賃借がよい、という両方の考え方が存在している状態が正常な状態であり、まさにこれが、市場がリスク分散の機能を有した構造になっているということになります。

初稿:04年10月06日

投資パターン

投資行動をさらに詳しく見てみましょう。

通信事業者の回線に対する投資行動は、概ね次の4つに分かれます。

1.物理的な回線を自前で敷設する方法2.物理的な回線を他社から賃借する方法3.回線に乗せてあるサービスを調達する方法4.相互接続による方法

1は最も単純で分かり易い行動で、二地点間を光ファイバーケーブルで物理的に工事を行い繋ぐことです。通信需要は絶えず変化しますから、光ファイバーの敷設もそのときの需要に対応したものだけでなく将来の需要の増加も含めて投資がなされます。一方で、非常に少ない需要であっても一本のケーブルを敷設すると種類にもよりますがその中には数十本から数百本の光ケーブルが入っていますので、全く使われない状態の光ケーブル(ダークファイバーと呼ぶ。なお銅線の場合にはドライカッパーと呼ばれる。)が存在することになります。

設備投資した事業者にとっては、こういったダークファイバを放置しておくのは、設備の有効利用を図って資金効率を高めるためにも、得策ではありません。したがってこの一部でも使いたいという事業者がいれば、そこに一定期間報酬を得て貸し出そうというインセンティブが働きます。これが上記の2に該当します。

通常、このようなダークファイバの賃貸借によって発生する権利義務をIRU(Indefeasible Right of User[あるいはUsage]:解約不能な利用者の権利[あるいは利用権])と言います。解約不能という言葉の含意はいろいろあります。まずは、通信事業者は通信サービスを安定的に市場に供給することが義務付けられていますから、不動産のように突然貸し手から「立ち退き」を求められたりすると、安定供給に支障があります。したがって賃貸する側には一定期間は解約してはならないという義務が発生します。その一方で借り手が「中途解約」を求めたりすることができればこれは貸す側に一方的に不利な片務的な契約となりますので、借りる側も一旦借りる以上はきちんと契約期間中は借りなくてはならないという義務が発生することになります。IRUの価格は、貸す側と借りる側の双方が合意した価格として決定されます。貸す側としては長く借りてもらうほど将来の収益をより確実にできますが、借りる側は需要への対応力(特に需要が下がったとき)が下がることが懸念されます。したがって契約期間が長くなれば単位期間あたりの価格は当然に安くなるという構造になります。IRUは、賃貸側の投資回収手段として有効であるとともに、賃借側にとっても工事のリードタイムなどや自前で設備投資するより必要なだけ回線を調達できますからの投資リスク回避手段としても有効です。

3はISP事業者(Internet Service Provider)などが用いる方法です。ISPはユーザ宅とアクセスポイント(AP)を繋ぐ部分は、ダイヤルアップ接続ないしはADSL、FTTHを用いるケースがほとんどです。ダイヤルアップ接続の場合は、APへの電話代金はユーザが利用している電話回線事業者(通常はNTT地域会社)に支払うケースが想定されますが、最近では契約によりダイヤルアップ専用の番号に接続すればプロバイダ料金込みでインターネット接続サービスを利用できるというサービスが増えています。こうした場合、アクセス回線の電話サービスはISPが一旦仕入れて顧客に再販売しているという形態になります。ADSLの場合も、ADSL接続サービスをISPが仕入れてISP利用者にサービスとして提供しているという形をとります。ISPのバックボーン回線も、広域イーサネット接続サービスを仕入れてそれをインターネット接続サービスの回線に用いたりするケースがあります。回線を調達するよりもサービスを調達するメリットは、回線の維持管理にはそれなりのノウハウ、技術力と人材や設備への資金投入が必要ですから、ISP事業者はそういった固定的なコストを回線調達コストという形に置き換えつつ、外部リソースを有効活用できるわけです。これも、ISPの戦略と投資判断によるわけですから、パターンは一つだけとも限らず複数のパターンを混在させているのではないでしょうか。

以上は主にバックボーン回線を対象とした議論ですが、アクセス系の回線についてはやや事情が異なります。例えば、ADSLアクセス回線事業者を例にとりますと、ADSL利用者は通常NTTが敷設した宅内回線から最寄の市内交換機までの回線を使って通信を行います。ADSL専用の回線を用意するケースでなければ、電話サービスとADSL接続サービスとを一つ(2本ペア)の回線に重畳させて、利用することになります。業者にもよりますが、ADSL事業者はADSL接続サービスをユーザに提供しつつユーザから徴収した料金からNTT地域会社に回線の使用料を支払っています。また、電話サービスの足回り部分(交換機から宅内までの通信部分)については、相互接続という方法が採られます。これは、長距離通信事業者が提供する市外通話サービスについて、エンド=エンドで通話サービスを提供するためには足回り部分の電話サービスをNTT地域会社から仕入れなければサービスが提供できないため、長距離会社と地域会社との相互接続という方法が義務づけられています。長距離会社は利用者からエンド=エンドで料金をいただき、地域会社に相互接続料という形で地域会社が提供したサービス部分(接続及び通話)に対する料金を支払います。

初稿:04年10月06日


最終更新時間:2007年12月01日 13時12分06秒